お取引先の声

旭化成株式会社

ベンベルグと能任絹

 ベンベルグは旭化成が世界で唯一生産する化学繊維です。コットンリンター(綿実のまわりの産毛)を原料とするセルロース繊維で、綿の特性とシルクの品格を兼ね備えた素材です。このベンベルグの最も重要な用途が裏地です。ベンベルグ裏地は、そのエレガントな光沢、柔らかな風合い、すべりの良さ、吸放湿性などの機能性から、裏地として最高ランクに位置づけられており、国内はもとより数多の世界の高級ブランドに採用され続けています。原料の糸が極めてデリケートなので、裏地を生産する工程も他素材とは異なる特殊な技術に加え、安定した確立には多大な努力とノウハウが必要で、一朝一夕にできるものではありません。
 能任絹さんの歴史は明治時代に遡りますが、彼らがベンベルグと出会ったのは、昭和20年代後半に羽二重を生産することがきっかけでした。その後国内の急速な洋装化に伴い裏地の需要が増大し、能任絹さんはベンベルグ裏地の主力工場となりました。能任絹さんは、飽くなき品質の追求、生産性の向上を目指し、常にチャレンジを続けています。産地においてもいち早くAJL(エアージェットルーム)をはじめ革新設備を次々と導入し、他社の追随を許さぬ存在となりました。
 今日においても、ベンベルグ裏地は旭化成がアパレルに対し、最終的に品質責任をギャランティーする形で販売を続けています。旭化成がベンベルグ裏地を続けていく限り、安心して任せられる最強のパートナーとしての能任絹さんとの連携は欠かすことができません。能任社長はまだまだ若く、エネルギーに満ち溢れていますので、北陸産地、いや日本を代表する機業場のモデルとして、強いリーダーシップで会社をリードしていくものと信じています。

旭化成株式会社
専務執行役員・繊維事業本部長 / T.T.
2017年3月20日

東海サーモ株式会社

能任絹との出会い

 能任絹さんとの取引がスタートしたのは、当社接着芯地の主力製品がポリエステル仮撚り加工糸織物芯地になった頃からです。それ以前の接着芯地は、不織布芯地が主力で、織物芯地では、綿100%やT/Cの短繊維芯地が主流でした。当社は、1985年に某合繊メーカーとの共同開発で、エトール®と言うブランドで、世界で初めてこのポリエステル仮撚り加工糸織物芯地を上市しました。幸い当時、新合繊と言われる表地が流行るようになり、それに合う芯地にはエトールが良いというご評価をいただき、徐々に販売量を拡大することが出来ました。
 その後、この芯地の汎用性の広さが好評で、見る見るうちに販売量が増え、当社だけでなく業界の主力製品になって行きました。そして、社内では本格的な供給背景を構築して行くことが必要となりました。当時、合繊生機の仕入は不慣れで、仕入先任せでありましたが、試行錯誤の中で独自で、しっかりと取り組めるパートナーを探して行きました。
 そんな中、能任絹さんと直接お話するきっかけが出来、取組みのお話が始まりました。当時、能任絹さんは、ベンベルグの主力生機生産工場として、その長年培った技術と資本力で、隆々と経営をなされておりました。当時の社長、能任一郎現会長の、ベンベルグ裏地と並ぶもう一つの生産の柱を作りたいという思いと、当社の頼りになる加工糸芯地用生機主力仕入先を作りたいという思いが合い、しっかりとした取組みでお取引をスタートすることになりました。
 その取り組みは、主力製品の30d加工糸芯地用生機を中心に、より薄手の製品に展開して行き、早々に当社の主力生機仕入先となっていただきました。
 しかし一方で、円高や中国メーカーの台頭で業界環境は大きく変化し、その後2002年に当社も中国での芯地生産も行うようになりました。その際、一番心強かったのは、私どもよりも早くに中国・寧波にて芯地用生機の生産工場を立ち上げてくださっていた能任絹さんでした。当社の特徴である薄手芯地用の生機を中国で安定供給していただけたのは、大変助かりました。
 その後10数年、時は経過しましたが、当社はこのような環境下も日本での生産に軸足を置いて経営しております。日本のメーカーとしての存在感のある製品で、国内はもとより世界のお客様に提供して行こうと言う戦略を掲げています。そんな中、年を追うごとに国内生産を継続される仕入先が減少する状況下、能任絹さんでは、一郎会長から芳裕現社長にしっかりとバトンを引き継がれ、市場ニーズが早く大きく変化する時代に、ニーズに素早く的確に対応される開発力の有る企業として、ますます力を付けておられます。当社としても大変心強い存在であり、良きパートナーであると思っております。今後も相互に研鑚しながら、日本を代表する繊維素材メーカーとして存続していければと思っております。

東海サーモ株式会社
代表取締役社長 / K.A.
2016年12月1日

津田駒工業株式会社

 目下、最新機種“ZAX9200i”エアジェットルームの設置をさせていただいております真っ最中ですが、このたびのご採用・ご導入に、平素たいへんお世話になっておりますことと併せ、厚く御礼申し上げます。
 1979年の機械式バルブの“ZA100”エアジェットルームから始まり、今日の電子装備満載の“ZAX9200i”に至るまで、30年近くに渡り、その時代その時代の最新技術を採り入れてこられ、エアジェットルームの発展を支えてくださいました貴社に対し、感謝とともに大いなる敬意を感じております。
 当初からのメインたる化繊(再生繊維)フィラメント糸はもちろんのこと、いまや合繊フィラメント糸や紡績糸まで ターゲットに捉えておられます。このような汎用性, 製織範囲の拡大は ある意味時代の波であり、それにお応えしてゆくことは機械メーカにとっても責務でありましょう。そういう機械メーカのひとつである弊社を叱咤激励し育ててきてくださったお客様の代表格が、貴社でございます。
 また近年は、製織技術そのもののみならず、これも時代の要請でございましょうが、省エネ(エアジェットルームでは主として空気消費量の削減)が重要なファクターとして問われます。この面においても、貴社は早くから高いご関心を持っておられ、弊社へ進むべき方向を示してくださり、共に研究させていただいてきました。
 これからの環境の変化は、もっと速いスピードでもっと激しく起こるのかもしれません。しかし弊社は変わらず、今後ともの貴社の一層のご発展を願い、共に奮闘してまいります。

津田駒工業株式会社
繊維機械販売部 / H.K.
2016年11月17日

日産LA40開発担当者

能任絹のエアジェットルーム

 現在、エアジェットルーム(以下、AJL)における世界的なフィラメント織布業者となられている能任絹様ですが、その始まりは30余年前に国内においても先行して導入された「LA40型」に遡ります。
 当時、ウォータジェットルームは世界的な導入期に入っていましたが、AJLは各織機メーカーがよこ入れについて様々な方式を模索している状況で、実用化にはまだ未達の状況でした。
 その時期に、当時の能任一郎社長がこれからはAJLの時代が来るとの決断をされ、開発途上のAJLである「LA40型」により、AJL時代への大転換を図られました。しかし、当時のLA40型はまだ開発されたばかりで、稼動、品位共に問題山積の状況でした。
 ここにおいて、能任絹様の取組みにその後の発展につながるものがあったと思われます。その一つに、基本機能、性能を含めメーカーと一体となって取組んでいただいたことです。フィラメント製織用AJLを創り上げるとの意気込みで、フィラメント糸のなかでも繊細なベンベルグを織こなすために、リード、サブノズルを始め製織に必要な開発を原理から追及し、製品として達成するまで共同して取り組まれました。
 二つめとして、技術の過程、蓄積を重要視されることです。このことは、現在最新鋭の津田駒製AJLを導入され世界的にも最新の技術を取り込まれていますが、その一方で、AJL導入当初のLA40型を含め今まで導入された各織機を使いこなしておられることです。とくに、糸の飛走(動き)を基にした最適よこ入れの追及には織機メーカーも教えられることが多くありました。
 AJL製織のパイオニアとして、さらに究極のAJLを目指して製織技術からの取組みを継続されることを希望しますとともに、LA40型を選択いただき、日産製AJLの発展にご指導いただきましたことに感謝いたします。

元日産自動車繊維機械事業部
LA40開発担当 / Y.S.
2016年9月20日